第53回 救命救急科

2023.08|診療科

Interviewee 小谷 穣治 神戸大学大学院医学研究科外科系講座 災害・救急医学分野 教授/神戸大学医学部附属病院 救命救急センター センター長

 

職歴

昭和62年 6月   神戸大学第一外科入局 研修医〜関連病院出向
平成 2年 4月       帝京大学病院救命救急センター 助手
平成 3年 4月       神戸大学第一外科 医員
平成 9年    3月       神戸大学 大学院 医学系研究科 外科学系 修了
平成 9年    9月       ニュージャージー州立医科歯科大学‐
                                ロバート・ウッド・ジョンソン医科大学 外科 フェロー
平成12年 6月   神戸労災病院 外科 医長
平成14年 6月      兵庫医科大学救命救急センター 医員、助手、学内講師、准教授
平成21年 4月   兵庫医科大学 救急・災害医学講座 主任教授
            兵庫医科大学 救命救急センター センター長
平成18年 5月   兵庫医科大学NSTディレクター(初代)
平成29年 9月   神戸大学大学院医学研究科外科系講座 災害・救急医学分野 教授 神戸大学医学部附属病院 救急部部長
令和元年 7月    現職

最終学歴
平成9年 3月     神戸大学大学院 医学系研究科 外科学系 修了

Interviewer 陳 美仁子 神戸大学医学部付属病院 救急科医員

職歴

2018年 神戸大学卒業
2018年 製鉄記念広畑病院(現はりま姫路総合医療センター) 初期研修
2020年 淡路医療センター 救急科医員
2021年 製鉄記念広畑病院 救急科医員
2022年 はりま姫路総合医療センター 救急科医員
2023年 神戸大学医学部付属病院 救急科医員

代替文字
陳先生
救急医はどのようなお仕事と考えていますか?
 
代替文字
小谷先生
どんな病気でも重症になったら、まずは呼吸、循環を立ち上げなければ治療ができません。このようなバイタルが不安定な患者を速やかに安定化させることは救急医の仕事の一つです。その先の仕事に救急医のサブスペシャルティーがあります。
救急医のやりがいの1つは重症患者の命を救うことです。救急外来や集中治療室で重症病態の診断と治療を同時に進め、患者を速やかに安定化し、初期治療から集中治療、そして退院まで自分たちで決めた一貫した治療を行うことが出来る点です。
患者の高齢化が進み、一人の患者が多くの合併症を持っていて、これまで以上に多くの科が協力して他職種連携医療を行う必要が出てきました。しかし、実際の医療ではそれに反比例するように各科専門医は自分たちの専門性を高めています。もちろん学問として専門性を高める事は必要ですが、全人的に診療することが難しくなってきています。
我々救急医はこのような患者を最初に診断・治療する責務をもち、さらにこの患者が肺炎、脳梗塞、腸閉塞などの複数の疾患を持っていたとき、各科の医師らと協力して、そして彼らを統括する主治医となり、その患者が重症ならばER(救急外来)から集中治療室へ移動させて患者の治療をシームレスに最後まで完遂することができます。これが救急医の仕事です。
 
代替文字
陳先生
当院における救急科専門研修プログラムの特徴について教えて下さい。
 
代替文字
小谷先生
当院には日本救急医学会 救急科専門研修プログラムがあり、連携病院、関連病院での研修期間も含めて3年間で救急科専門医を取得することが可能です。当院救命救急センターは、主に神戸市内の2次、3次救急を担っております。年間救急搬送件数は約3000件ですが、入院率が9割で、非常に緊急度の高い重症患者が数多く搬送されます。症例は内因性疾患から外傷、救急特殊疾患などバラエティに富み、豊富な症例を学ぶことができます。また他の診療科との連携も良好で、診療科と協力して全ての救急疾患に対応しています。
さらに当救命救急センターでは、プレホスピタルから集中治療まで幅広く学ぶことができます。兵庫県防災ヘリも共同運航で週2回神戸大学が担当しており、ドクターカーも準備中です。研修プログラムの中で関連施設でもドクターヘリ・ドクターカー診療を学ぶこともできます。
また救急専用の集中治療室(ECU)も運営しており、重症患者の循環・呼吸管理はもちろん、栄養・リハビリなど集中治療後症候群を防ぐために日々ディスカッションしています。
DMAT救護班派遣などの災害医療にも力を入れており、最近では2016年の熊本地震、2018年の大阪地震、2019年の広島・岡山豪雨災害、2023年のG7広島サミットにも派遣実績があります。
また大学病院のみでなく兵庫県内の公的基幹病院の救命救急センター、関連病院として地域における1〜2次救急を担う市中病院での研修が組み込まれています。大学病院勤務中は外勤先として、神戸市内外の一般救急病院や、療養型病院などの研修も希望でき、common diseaseを含む多種多様な症例を数多く経験できます。また毎日のカンファレンスはもちろんのこと、カンファレンス前に毎日10分間モーニングレクチャーを行っており、臨床に役立つ知識を日々学ぶことができます。現在は対面とWebのハイブリッドカンファレンスシステムを行っており、毎日のカンファレンスがどこからでもアクセス可能です。また学会発表や救急手技実習などのオフザジョブトレーニングも積極的に指導しています。
 
 
代替文字
陳先生
そうですね。実際に私は、はりま姫路総合医療センター、淡路医療センター、加古川中央市民病院で研修を行ってきましたが、それぞれ特色があって幅広く学べたと思います。神戸大学に戻ってきて、大学らしいなと思ったことは、皆さん教え合う意識が高く、他の診療科の先生がレクチャーしてくれることもあり環境が充実していることです。若手・中堅の先生も多くて、ちょっとした困ったことでも相談しやすいと思いました。また初期研修医も多いので、私が教える側になることも多いです。やはり教える方が自分の勉強になりますね。
続いて、当院での災害医療における救急医の役割はなんでしょうか。
 
代替文字
小谷先生
災害医療とは需要が供給を上回る状態で行う医療で、時間・人材・資機材が限られた状況下において内因・外因を問わず様々な傷病に対して緊急対応が求められます。
災害はいつ起こるかわかりません。自然災害対策、テロ対策、院内での災害対策などの普段から備えるための活動が大切です。
救急医は一般診療科の先生方と比べ、普段より救急外来で重症度に応じた患者への対応・治療を行っていますので、災害の場面で適切な治療優先順位の決定と初期治療を行うことに慣れています。さらに災害時では外傷に限らず基礎疾患の悪化や、被災後に突然変化した生活状況の中で内因性疾患も増加します。全ての疾患に対し重症度に応じたアプローチに長けている救急医は現場のニーズが非常に高い医師集団です。
前述したように当院には災害医療チームDMAT(Disaster Medical Assistance Team)があります。DMATとは災害救助法に基づいて派遣される医療救護班のうち、災害の発生直後(概ね48時間以内)に活動を開始できる機動性を持った専門的な研修・訓練を受けた医療チームです。
医師1名、看護師2名、業務調整員(事務員)1名の4名の構成が基本となっています。毎年の入れ替わりがありますが、常に総勢30名超えの隊員が在籍しています。
DMATは、地震や水害などの災害があると出動に備えて待機し、被災した都道府県の要請を受けて出動します。出動後は、被災地の災害拠点病院の指示に従い、チームごとに救出・救助や現場治療、広域医療搬送等を行います。救急医は災害現場で困っている方々に対しての支援活動の中心を担っています。
私個人の経験としては、1997年の阪神淡路大震災では私のマンショションも壊れて被災者でもありましたが、この神戸大学で傷病者の治療に当たったことや、JR福知山線脱線事故では当時勤めていた兵庫医大に搬送されてきた113名の傷病者の治療に当たったことが強烈な記憶として残っています。また、東日本巨大地震や熊本地震での救護班としての活動でも様々な教訓を得ました。災害の携帯は様々で教科書とは随分違うな、経験して初めて分かることが多いなと思います。
 
代替文字
陳先生
当院における救急医のシフトワークについて教えてください。
 
代替文字
小谷先生
救急医に求められている役割は多岐にわたります。いつ来るかわからない重症患者の救急車対応だけではなく、walk in患者の対応や院内急変対応は当然のこと、災害が起きれば災害時対応と多様な役割を担いますが、そのほぼすべてが予定の立たない事ばかりです。だからこそ「シフトワーク」が救急医の職場には求められています。
自分の時間・家族との時間などプライベートを充実させることができると、緊張感のある救急医療の現場に舞い戻る活力が生まれ、そうすると仕事の中でもいいパフォーマンスを発揮して全力で救急医療に立ち向かうことができるようになる。こういった好循環が生まれます。シフトワークの一番のメリットは仕事と家庭・育児の両立がしやすいことです。陳先生は実際どのように感じていますか?
 
代替文字
陳先生
勤務中は多忙でも勤務時間が終われば、呼ばれることはほとんどなくオフとして動けるので、今後出産や育児のことを考えると女性にとってはとても魅力的だなと思います。もちろん男性も。頑張らなくても、自然となれるのか、イクメンが多いと感じます。独身の人も自分の時間をしっかり取れるので趣味や旅行など充実した生活を楽しんでいますね。やりがいのある仕事に加えて、オン・オフのバランスが取れたシフトワークが組み合わさることで、ストレスなく勤務できています。
最後に、小谷先生の考える救急医の醍醐味を教えて下さい。
 
代替文字
小谷先生
何かの専門家はある疾患を深く勉強しますが、一方で救急医が診る疾患はすべての領域に関わりますから、あらゆる疾患について知っている、“超総合医“とも言えると思います。それ故に医療全体がよく見えており、患者さんにどういう順番で何をするべきかという治療の設計図を作るのが得意だと思います。また、自身のサブスペシャルティー領域の疾患では、初期診療から診断、治療、集中治療、転院までずっと中心的に関われる充実感、達成感があります。私の場合は、外科、消化器外科の専門医・指導医ですから、消化器の急性疾患では初期診療をして、検査して診断し、手術、集中治療を一貫して行えること、そして関連病院の外来でそのような患者さんを末永く診られていることが大変うれしいです。
それから、救急医として働くと、実に様々な患者が昼夜を問わず搬送されます。救急外来は社会の縮図とも言われ、救急外来にいると現代の社会的課題を感じることができます。救急医療の現場では、患者さんの病気だけではなく、その誘引となった背景、家族、友人、過去の出来事などその人の人生が様々に絡み合って、そのそれぞれを鑑みながら、解きほぐしながら治療を進めていくという場面が多くあります。病気を診ると同時に人々の「人生を支える」ことが医師の仕事なのだと実感します。例えば、様々な人生の流れの結果孤独に生きている人、知的障害があるけど多くの親族と友人に慕われている人、正妻と愛人数名で一族を形成し子供が20数名いる人、反社会的組織の人だけど数十人からなる組織を纏めているカリスマ性のある人、最期までお金を誰にも渡さないと言いながら亡くなった人、逆にそういうお金を求める親族にせがまれながら亡くなった患者、突然の凶行にあって幼い子どもを残して逝かなければならなくなった人、急な事故で亡くなった子供の死を受け入れられない両親、本当は死にたくなくて家族の気を引きたかっただけなのに少し飲んだ薬物が劇薬で本当に亡くなってしまった人、そして本気で死のうとして自殺したけど生き延びて人生をやり直した人…少し考えただけで多くの記憶が蘇ってきます。このような患者さんやそのご家族と正面から向き会い、生きるか死ぬかの場面で救急医として「命を救う」ことができたときの充実感は他では味わえません。また患者さんに感謝されたときの喜びは、このために仕事をしているのだと実感させられます。一方で、助けられない患者さんもいます。実際に自分よりも若い方が亡くなるときもあり、辛さに苦しむときもあります。そんなときは本人に限らず残される家族や友人たちが死を安らかに受け入れられる状況を作り「命を送る」ことも我々の使命だと感じています。
このように「命を救う」、「人生を支える」、「命を送る」ことも救急科の醍醐味だと思います。
 
代替文字
陳先生
すごくドラマチックな仕事をされてきたのですね。私もまだ救急医のキャリアは短いですが、小谷先生と同じように様々な経験をして、救急医は総合的に患者さんを診ることが出来る専門医だなと感じています。今日はどうもありがとうございました。

診療科


CONTENTS

HOME